【第7話】損切りはしない。それが私のトレード哲学だった

【第7話】損切りはしない。それが私のトレード哲学だった
【第7話】損切りはしない。それが私のトレード哲学だった
「損切りしなきゃダメ」なのは、知ってる。けど…
FXの本には、
何度も、何度も、こう書いてありました。
- 「損切りこそが、生き残るための鉄則」
- 「潔く切れない人は、退場する」
──そんなの、知ってる。
頭では、ちゃんとわかってる。
でも、実際にやろうとすると……できなかった。
“損切り”って、こんなにも怖いものだったの?
私は、ただ損失を確定させるだけの行為に、
ものすごく勇気がいることを知ったんです。
💭 「まだ戻るかもしれない」にすがる心
私は、エントリーするときには
「これは上がるはず」「この動きは過去に見た」
と、自分なりの“読み”を持って入っていました。
だからこそ──
含み損が出たとき、手が動かせなかった。
- 「もう少し待てば戻るかも」
- 「これは一時的な下げじゃない?」
- 「だって、ちゃんと読んで入ったんだから…」
実際にそこから戻ってプラ転したこともあった。
だから、余計に切れなくなったんです。
📉 私にとって、損切りは「自分の読みを否定する行為」だった
金額の問題じゃなかった。
私は**“負けた”ことより、“間違っていた”こと**が怖かった。
- 「読みが甘かった」
- 「判断が間違っていた」
それを認めることが、どうしてもできなかった。
私は、損切りができない人じゃない。
自分の“読み”を、最後まで信じたかった人だったのです。
🔫 そんなとき、ある言葉に撃ち抜かれた
あるFX本に載っていた、短い一言。
「勝ちたいんでしょ?
だったらなんで今、マイナスが出てるのに決済してるの?」
……たしかに、って思った。
私は勝ちたい。
だったら、なんで**“今”負けを確定させてる**んだろう?
「プラスは収穫。
マイナスは、まだ“収穫の時期じゃない”だけ。」
この言葉が、私の中に新しいイメージをくれました。
明朗すぎるその論理に、
私はガッツリ、ハマってしまったんです。
💫 私の中にできた「損切りしない」という哲学
そのときから私は、
“負けを受け入れる”ことよりも、
“信じて待つ”ことを選ぶようになりました。
それが良かったのかどうかは、わかりません。
だけど私はそれを、“自分で選んだ”という事実を誇りに思っています。
⏳ 今なら、違う選択をしたかもしれない。でも…
その当時、
私は“自分の選択”を信じた。
だから、後悔はしていません。
損切りしなかったことで負けたとしても、
私はそのときの自分を否定したくなかった。
「信じる」という行為に、勝ち負けとは別の価値を感じていた。
だからこれは、“失敗”じゃない。
私の、トレード哲学だった。
🔜 次回|【第8話】
給料もつぎ込んだ。それでもFXがやめられなかった理由。